X線の発生

電子が高速で金属ターゲットに衝突するとX線が発生する(図5.1)。近年広く利用されているX線を発生するためのX線管球は、真空中に封入された熱電子を発生するためのフィラメントと金属ターゲットからなり、この両者の間に数10kVの高電圧をかけてフィラメントから発生する電子を加速し、ターゲットに衝突させて発生させるX線を、吸収の小さいベリリウムでできた窓を通して取り出すように設計されている。図5.2には、Mo金属陽極(ターゲット)陰極から引きだされた電子が高速で衝突した際に発生するX線スペクトルの例が示されている。大きな運動エネルギーをもった電子がターゲットで急速に減速される際に放出されるのが、連続X線である。これに対して、図に示されているように、X線管球に加える電圧がある値を越えると、連続X線スペクトルに、ターゲットに用いた金属固有の波長をもつ非常に鋭いピークが現れる。これらの鋭いピークは、各金属固有の波長を示すことから特性X線と呼ばれる(表5.1)。

図 5.1:
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図 5.2:
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特性X線の発生は、入射電子による内殻電子励起によって生じる現象である。つまり、内殻の電子がフェルミエネルギ−より高い準位にたたきあげられ、電子軌道内にできた空孔(ホ−ル)が外側の軌道の電子によって埋められる際に、余分なエネルギ−として放出されるのが特性X線である。高エネルギー準位にある電子が、空孔に落ち込む際には選択則と呼ばれる規則があり、軌道量子数$l$の変化が $\Delta l = \pm 1$を満足する特定の遷移のみが許されている。図5.3は、各種特性X線とエネルギー準位との関係を示す。図5.3に従い、特性X線の種類は、$K_{\alpha 1}$, $K_{\alpha 2}$などの記号で表される。$\alpha 1$,$\alpha 2$のギリシャ文字と数字は、各殻間での遷移の種類、つまり特性X線の種類を示している。$K_{\alpha 1}$線と $K_{\alpha 2}$線のエネルギーは近接しているので、それぞれ独立に取り出して利用することは不可能である。$K_{\alpha 1}$線と$K_{\alpha 2}$線の強度比が準位間の遷移確率に比例して$K_{\alpha 1}$$K_{\alpha 2}$〜2:1であることから、$K_{\alpha 1}$線の波長の2倍$K_{\alpha 2}$線の波長を足して3で割った重み平均を$K_{\alpha}$線として利用している。

図 5.3:
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強度が強くエネルギー分布の幅の狭い$K_{\alpha}$特性X線を発生させるのに十分な電圧をかけると、$K_{\beta}$線および連続X線も同時に発生する。単色または単色に近いX線を必要とする回折実験では、$K_{\alpha}$線の強度をあまり弱めることなく、$K_{\alpha}$線以外のX線強度を弱めることが必要である。この目的には、X線の吸収端がターゲット物質の$K_{\alpha}$線と$K_{\beta}$線との中間にあるような物質の薄い箔を通せばよい。そのような関係を満足する物質は、大抵ターゲット金属より一つだけ原子番号の小さい元素である(図5.4参照)。

図 5.4:
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5.5に封入型X線管球と呼ばれる典型的なX線管球の断面の概略図を示す。なお、ターゲットに衝突した電子の運動エネルギーの大部分は熱エネルギーとして失われるため、ターゲットが加熱し溶けたり、変形するのを防ぐため、ターゲットは冷却水で強制冷却される構造となっている。この他、真空排気装置で高真空に排気しながら、強制的に水で冷却したターゲットを高速で回すことにより、さらに大きな熱負荷をターゲットにかけられるように工夫した回転対陰極X線装置も開発されている。最近では、高いエネルギーに加速された電子が磁場などで曲げられた際に発生する放射光を積極的に利用する「シンクロトロン放射光」が新しいX線源として利用されている。

図 5.5:
\includegraphics[width =.75\linewidth]{s6.epsf}



Hitoshi TAKAMURA
2017-01-06