X線回折法の応用

X線回折法の実際の応用例として粉末試料のディフラクトメータによる測定について述べる。ディフラクトメータは、図5.6に示すように、独立に回転する回転軸を有する精密測定機の一つである。これらの回転軸を慣習としてそれぞれ$\omega$軸および2$\theta$軸と呼ぶ。通常にはω軸には粉末試料がセットされた平板状の試料ホルダーが取り付けられ、2$\theta$軸には散乱X線強度測定用のカウンターが取り付けてある。これらの軸は、入射X線の透過の方向を0$^o$として、それぞれ$\omega$軸が$\theta$回転すると、2$\theta$軸は2$\theta$回転するように設計されている。

図 5.6:
\includegraphics[width =.75\linewidth]{s7.epsf}

粉末結晶試料における回折強度の一般式は、


\begin{displaymath}
I=\vert F\vert^2 p \biggl(\frac{1+cos^22\theta}{2sin^2\theta...
...ta}\biggl)\frac{1}{2\mu}(1-e^\frac{-2\mu t}{sin\theta})e^{-2M}
\end{displaymath} (5.1)

で与えられる。ここで、$\vert F\vert^2$は構造因子、$p$は多重度因子、次の括弧内の因子はローレンツ偏光因子である。 $\frac{1}{2\mu}(1-e^\frac{-2\mu t}{sin\theta})$は吸収因子であるが、試料が十分厚いときには散乱角に依存せず一定値となる。またデバイ-ワーラー因子$e^{-2M}$は、X線の原子散乱因子に影響するが、通常の相対強度の算出では省略することが多い。したがって、式(5.1)に基づいて、対象となる粉末X線結晶試料の回折ピークの相対強度を定量的に見積もることができる。各項についてのより詳しい説明を以下に記す。

  1. 構造因子

     構造解析を行う際に、測定データと計算値を比較する上で最も基本となる因子であり、$hkl$反射に対して、


    \begin{displaymath}
F_{hkl}=\sum_{j=1}^{N}f_je^{-2\pi i(hu_j+kv_j+lw_j)}
\end{displaymath}

    で与えられる。ここで、$f_j$は単位胞内のj番目の原子の原子散乱因子、$u_j,v_j,w_j$$j$番目の原子位置を格子定数を単位として表した座標、$N$は単位胞内の原子の数である。

  2. 偏光因子

     試料によって回折されたX線の強度は、観測する方向に垂直な面への入射X線の振幅の投影を考え、その2乗で表すことができる。偏光因子は、この投影成分と強度の関係から求めることができる。

  3. 多重度因子

     面間隔が同じでかつ同じ構造因子を示すが、方位の異なる結晶面の数を表す。たとえば、立方晶の{100}の多重度因子は、$(100)$, $(010)$, $(001)$, $(\overline{1}00)$, $(0\overline{1}0)$, $(00\overline{1})$となり6である。

  4. ローレンツ因子  ブラッグの条件を満足する散乱強度は、一般に図5.7のように拡がりをもち、この曲線の下の部分の面積によって与えられる強度を積分強度と呼ぶ。これは、入射X線や回折X線及び角度分散によって規定される、有限な大きさをもった体積からの積分値を測定していることに対応する。この体積は、散乱角2$\theta$の三角関数を含む式で表されるので、散乱角に依存する。すなわち、積分強度に帰着される体積は測定する結晶面によって異なった散乱角2$\theta$となるため、異なる結晶面からの散乱強度を比較する場合には、この点を考慮する必要があり、この影響をまとめたものをローレンツ因子をいう。

    図 5.7:
    \includegraphics[width =.75\linewidth]{s8.epsf}

  5. 吸収因子
    これは、透過光に対する吸収補正を示す因子である。図5.8に示す微小体積からの散乱を考える。ここで、ディフラクトメータでは、 $\gamma = \beta = \theta$ であるから、 $\frac{1}{2\mu}(1-e^{-\frac{2\mu t}{sin\theta}})$が導かれる。試料厚さが十分な場合には、 $t\rightarrow\infty$とみなせるから、 $\frac{1}{2\mu}$となる。

    図 5.8:
    \includegraphics[width =.75\linewidth]{s9.epsf}

  6. デバイ-ワーラー因子
    原子の熱振動により、X線の散乱振幅が散乱角とともに減衰する効果を示す。$\<u^2\>$を原子面の反射面に垂直な方向への変位の2乗の平均とすると、
    \begin{displaymath}
M=8\pi^2\<u^2\>(\frac{sin\theta}{\lambda}^2)=B(\frac{sin\theta}{\lambda}^2)
\end{displaymath} (5.2)

    と書け、Bは温度因子と呼ばれる。

Hitoshi TAKAMURA
2017-01-06