顕微鏡像の種々の観察様式

電子顕微鏡像を観察する際には、あらかじめ回折パターンを観察し、対物レンズの後焦平面上に絞り(対物絞り)を入れて、電子回折パターンの中の注目する回折波を選択し、電子レンズの焦点距離を変えて電子顕微鏡像をつくることになる。これにより、高い像コントラストで不純物の識別や格子欠陥の観察が有効に行われる。図7.4(a)に示すように、透過波を対物絞りで選択して観察する様式を明視野法と呼び、図7.4(b)に示すように一つの回折波を対物絞りで選択して観察する場合を暗視野法と呼んでいる。図7.5(a)と(b)には、それぞれ明視野法と暗視野法で観察された酸化鉄粒子の像が示されている。明視野法で観察された顕微鏡像(明視野像)では、透過波を結像に用いているため、試料全体また試料外の真空領域が明るく映しだされている。これに対して、図7.5(b)の特定の回折波を選択して得られる像(暗視野像)では、試料外の真空領域が暗くなる一方で、試料内の回折条件を満足した領域のみが、明るく映しだされていることがわかる。暗視野法では、通常対物絞りで選択する回折波(g反射)は、図7.6(a)に示すように回折条件を満足し、強く励起させた状態で観察する。この状態では、回折パターン上には透過波と励起したg反射のみが認められるため、2ビーム条件と呼ばれる。

図 7.4:
\includegraphics[width =.75\linewidth]{s24.epsf}

図 7.5:
\includegraphics[width =.75\linewidth]{s25.epsf}

図 7.6:
\includegraphics[width =.75\linewidth]{s26.epsf}

この暗視野法を、回折条件を上手に制御しながら利用すると、転位などの格子欠陥の観察を有効に行うことができる。転位の結像に用いられるウィークビーム法と呼ばれる結像法の原理を図7.6(b)と(c)に示す。図7.6(b)の回折条件に示すように、ウィークビーム法では、対物絞りで選択し結像に用いるg反射は励起せず、高次の反射例えば3g反射を励起する。励起されない強度の弱い反射、つまり``ウィークビーム''を結像に用いるために、このように呼ばれている。こうした条件下では、完全結晶の格子面に対応するg反射が励起されないため、試料は全体として暗くなる。これに対し、図7.6(c)に示すように転位芯近傍の格子面の一部(点線で示した格子面)に対応する逆格子gは、完全結晶の逆格子からずれ、その位置は図7.6(b)の白丸のように描け、回折条件を満足していることがわかる。したがって、励起した白丸のg反射に対応する転位芯近傍の格子面領域のみが明るくなり、このような条件で撮影された像(ウィークビーム像)には転位線が細い白線として観察されることになる。ウィークビーム像の観察に用いられる上述した回折条件は``$\frac{g}{3g}$''あるいは``g-3g''などと記述される。図7.7には、g(= 220)反射について$\frac{g}{3g}$条件で撮影した、シリコン中の転位のウィークビーム像を示す。写真の左上から右下、また右上より左下に見られる2本の転位が、それぞれ2本の部分転位に分解している様子が捉えられている。ウィークビーム法の分解能は、約2nmである。

図 7.7:
\includegraphics[width =.75\linewidth]{s27.epsf}

 上述した明視野法、暗視野法またウィークビーム法と異なり、図7.4(c)に示すように後焦平面に大きな絞りを入れて2つ以上の回折波を合成(干渉)することにより像を形成することもできる。これが高分解能電子顕微鏡法であり、観察される像は高分解能電子顕微鏡像と呼ばれている。この場合には、対物レンズの収差が散乱波の位相を乱さない範囲内の、広い周波数領域の散乱波が結像に利用されることになり、その分解能は式(7.2)で与えられる。図7.8には、サファイア基板上に成長させた酸化亜鉛の高分解能電子顕微鏡像とその回折パターンを示す。回折パターンには、サファイア(s)と酸化亜鉛(z)の指数を区別して示してあるが、界面方向また界面と垂直方向での、格子面間隔の違いが容易に見て取れる。高分解能電子顕微鏡像では、硬いサファイアには格子欠陥が認められないのに対し、酸化亜鉛の側には、矢印で示すように、転位の存在に伴う格子歪が結晶格子の縞の乱れとして直接観察されている。このように、高分解能電子顕微鏡法は先端材料の微細組織、特に界面構造の原子レベルの解析に有用であることがわかる。

図 7.8:
\includegraphics[width =.75\linewidth]{s28.epsf}



Hitoshi TAKAMURA
2017-01-06