電子回折法の実際

  1. カメラ長の測定

     電子回折パターン上で、逆格子原点から回折点までの距離(R)とその格子面間隔(d)との間には、近似的に


    \begin{displaymath}
Rd=L\lambda
\end{displaymath} (6.4)

    の関係がある(図6.4)。ここでLはカメラ長と呼ばれる。したがって、回折点から格子面間隔を定量的に見積もる時には、比例係数であるカメラ長を求める必要がある。その値は電子顕微鏡によって与えられているが、できれば面間隔がわかっている、たとえば金の蒸着膜(多結晶)などを用いてリング状の電子回折パターンを観察し、フイルム上の距離と面間隔の関係を示す較正グラフを作製しておくとよい。 また、リング状の電子回折パターンをとっておくと、カメラ長の歪み(方向によってカメラ長が違ってくる効果)も定量的に見積もることができる。

    図 6.4:
    \includegraphics[width =.75\linewidth]{s15.epsf}

  2. 回折パターンの解析における留意点

     電子顕微鏡の加速電圧が100kV以上場合には、電子の波長が非常に短く(X線の約$\frac{1}{100}$)、この波長の逆数で与えられるエワルド球の半径は非常に長い。したがって、電子回折パターンは、逆格子原点を通る逆格子の断面を映しだしていると考えてよい。このため、結晶構造から逆格子の強度分布が計算できれば、種々の逆格子断面を考えることによって、観察される電子回折パターンと容易に比較することが可能となる。図6.5には、単結晶、多結晶、そして非晶質からの電子回折図形を模式的に示していてある。

    図 6.5:
    \includegraphics[width =.75\linewidth]{s16.epsf}

     一方、電子が物質内で多重散乱を起こすことによって、1回散乱(運動学的近似)では現れない所に反射が現れる場合がある。この反射を二重回折[double reflection]と呼び、結晶の対称性によって消える反射の指数の規則性(消滅則)を決める時に、注意が必要となる。二重回折点は、一度回折を起こした回折波がまた回折を起こした結果生じるものであり、運動学的近似で出現する回折点のベクトル和の和で示される位置に二重回折点が現れる可能性がある。特に、原点を通る軸上には二重回折点が現れる可能性が高く、また、その強度も強くなっていることに十分気をつけなければならない。

     図6.6はNd$_2$Fe$_14$B化合物の3種類の軸に平行に入射して撮られた電子回折パターンである。図6.6(b)のパターンには$h+l=2n+1$(nは整数)の反射が現われていない。すなわち、この構造は$h+l=2n+1$の消滅則をもっている。しかし、図6.6(a),(c)では$h+l=2n+1$の反射(例えば300, 003など)が現われている。これらはすべて二重回折点である。したがって、特定の回折パターンから消滅則を導く場合には、消えている反射は信じてよいが、現われている反射については二重回折によるものではないか疑ってみる必要がある。図6.6(b)で消えて(a),(c)で現われているのは、(b)では回折点のベクトル和で$h+l=2n+1$の反射を作れないが、(a),(c)のそれらの反射はベクトル和で作れることによる。

    図 6.6:
    \includegraphics[width =.75\linewidth]{s17.epsf}

    なお、注目している反射が二重回折で生じているかを判定するには、例えば、系統的な反射[systematic reflections]のみを励起し(たとえば、$h00$反射、$h=0,+1,+2$...)、二重回折の原因となる反射を回折パタ−ンから除外し、注目する反射の強度の有無を見ればよい。



Hitoshi TAKAMURA
2017-01-06