研究紹介

研究紹介

Hydrogen energy

本研究室では、脱炭素社会を実現するために、高効率なエネルギー変換を可能とする機能性材料とデバイスの開発を行っています。 そのひとつは、水素を高効率に電力に変換できる固体酸化物形燃料電池(SOFC)です。現在のSOFCは約750℃で作動しますが、高い変換効率を維持したまま作動温度を低温化することが望まれています。そのためには、1)新規固体電解質材料の開発、2)高性能電極の開発、3)薄膜化技術の開発が必要です。本研究室では新しい酸化物イオンまたはプロトン導電体の開発、酸素イオン・電子混合導電性電極の開発、イオン導電性酸化物ナノ粒子の合成などを実施しています。

また、燃料電池を広く普及させるためには、高純度水素ガスを大量かつ高効率に製造・供給する技術も不可欠です。本研究室では、豊富で安定供給が望める天然ガス(都市ガス)から高純度水素を製造する新しい方法として、酸素透過性セラミックスを利用した膜型天然ガス改質システムの開発を行っています。 SOFCの逆作動による高温排熱を利用した水蒸気電解による水素製造についてにも研究しています。

さらに、次世代蓄電池として全固体電池が期待されていますが、本研究室では水素化物・酸水素化物を活用した電池開発に取り組んでいます。これら研究では、クラスター計算機による第一原理計算や分子動力学計算も活用しています。これらに加え、排気ガス浄化触媒や次世代ディスプレイ用材料など多様なセラミックス材料の開発や解析もおこなっていますので、詳細を以下のリンクからご覧下さい。

固体酸化物形燃料電池

固体酸化物形燃料電池

固体酸化物形燃料電池(Solid Oxide Fuel Cell; SOFC)は高い発電効率と燃料の多様性から最も実用化が望まれているエネルギー変換デバイスです。現在、この特長を維持したまま作動温度を低下させる研究が精力的に展開されています。 SOFCの低温作動化においては種々の課題がありますが、特に空気極(カソード)の過電圧特性の改善が重要とされています。

本グループでは高い酸素イオン・電子混合導電性を有する酸素透過セラミックス薄膜をカソードに適用したデバイスの開発を行っています。 図1は、多孔質支持体上にセリウム酸化物と混合導電体であるLa-Sr-Co-Fe系酸化物を薄膜として作製した試料の断面SEM像です。混合導電体電極には、セリア系複合体の適用も検討しています。これに加えて、より高い酸素イオン導電性を発現する新規材料の探索も実施しています。

図1: 酸素イオン・電子混合導電性薄膜電極のSEM像
図1: 酸素イオン・電子混合導電性薄膜電極のSEM像

プロトン伝導性セラミックス

プロトン伝導性セラミックス

地球温暖化や大気汚染問題の根本的な解決のため、化石燃料でなく水素をエネルギー源として活用した水素エネルギー社会が待たれます。その実現には、固体酸化物形燃料電池 (SOFC) のさらなる普及や、その逆作動により電力で水素を高効率に製造する高温水蒸気電解セル (SOEC)の実用化が鍵となります。

従来より開発進められているSOFCとSOECは酸化物イオン (O2-) 伝導性セラミックスからなっており、作動温度が約750°Cと高く耐久性やコストに課題があります。そこで、近年プロトン (H+) 伝導性セラミックスからなるSOFC・SOECの開発が進められています (下図)。プロトンは酸化物イオンに比べ低温でも動きやすいため、500°C程度で作動できると予測されます。

本研究グループでは、超高圧発生装置などにより新しいプロトン伝導性セラミックスを合成し、量子力学に基づく理論計算や核磁気共鳴分光法により伝導メカニズムや原子レベル構造を解析しています。酸化物イオン伝導性セラミックスの作動温度低減に向けた研究開発も継続して行っています。

最近の発表論文

  •  H. Kawamori et al., Chem. Mater. 33(15) (2021) 5935-5942.
  • Y. Tomura et al., Phys. Rev. Mater, 3 (12) (2019) 515108.
  • H. Takahashi et al., J. Phys. Chem. C 122(12) (2018) 6501-6507.

酸素透過膜型水素製造システム

酸素透過膜型水素製造システム

現在、家庭用燃料電池や燃料電池自動車が必要とする水素をメタンを主成分とする天然ガスから製造する技術としては水蒸気改質法が広く利用されています。これに対して、最近、酸素を用いる部分酸化改質法が注目されています。この方法は、30分以上の起動時間を要する従来の水蒸気改質に比べて起動性に優れ、さらに、純酸素の利用により全く同等の改質効率も得られますが、これら特長を活かすためには空気中の酸素を分離する酸素透過膜が必要です。酸素透過膜は酸素のみをイオンとして透過させる機能を有し、膜の片側に空気、反対側にメタン等の原料ガスを供給すると部分酸化改質に必要な酸素を自動的に供給できます。

これまでの研究で、本研究グループは、1分間に1 cm2当り約14 cm3の酸素を分離できるセリウム酸化物を主原料とした酸素透過膜を開発しています。 最近の研究では、本グループが開発した上記の酸素透過膜をガスの流路制御を可能とする耐熱ステンレス製セパレータと一体化することに成功し、実際に改質モジュールを試作しました。その結果、この新型改質器では1 kWの燃料電池が必要とする毎分10 Lの水素を6 cm角(220cm3)で製造できることが明らかとなりました。現在の1 kW級家庭用燃料電池には容積約20L (20,000 cm3)の改質器が搭載されています。

新型改質器は、今後、一酸化炭素を水素に転換するシステムや熱交換器等を付加する必要がありますが、既存のシステムに比べてサイズが1/10以下のコンパクトな改質器となることが期待されます。 下図1(左)には、今回試作された耐熱ステンレス製セパレータと一体化された酸素透過膜(膜厚135 μm)を示します。今回採用した酸素透過膜は熱膨張係数が11×10-6 /°Cであり、耐熱ステンレス製セパレータとほぼ一致するため、昇温過程や作動中に酸素透過膜が割れることはありません。このモジュール1枚当り毎分150cm3のメタンを改質する能力があり、実際に筐体温度が780 °Cのとき転換率96%、CO選択性84%、H2選択性89%なる改質特性が得られました。これより、この膜20枚で毎分10Lの水素が製造できると計算され、下図1(右)には実際に20枚積層した改質器を示します。このサイズは6 cm角(容積220 cm3)であり、極めて小型の水素製造装置となることが期待されます。

図1: 6cm角の耐熱ステンレス製セパレータと一体化された酸素透過膜モジュール20枚スタックされた改質器

図1:(左) 6cm角の耐熱ステンレス製セパレータと一体化された酸素透過膜モジュール; (右) 20枚スタックされた改質器

酸素吸放出セラミックス

酸素吸放出セラミックス

自動車の排気ガスにはNOxやCO, CHxなど有害物質が含まれ、そのまま放出すると大気を汚染してしまいます。そこで、これらの有害物質を触媒で分解·浄化するのですが、その浄化率を高く保つためには周囲から取り入れる酸素の比率を精密に制御する必要があります。そのため、酸素を吸放出するセラミックスが触媒の下地に用いられています。

排ガス浄化のための酸素を吸放出するセラミックス

代表的な酸素吸放出セラミックスであるCe-Zr系酸化物では、Ceイオンが価数変化することで酸素を吸放出します。排気ガスが多い場合(還元雰囲気)は気相中に酸素を放出し、空気が多い場合(酸化雰囲気)には気相中の酸素を吸蔵します。しかし、この化学反応は低温では十分に進まず、排ガス中の有害物質を効率よく除去できません。そこで、低温でもレスポンス良く大量の酸素を吸放出できるセラミックスの開発を進めています。ガスとよく反応するセラミックスは、排ガス浄化装置だけでなく固体酸化物型燃料電池やガス分離装置にも必要とされているので、近年特に重要な開発課題となっています。

Ce-Zr系酸化物の酸素吸放出に伴う重量増減の様子

最近の発表論文

  • Y. Tomura et al., Phys. Rev. Mater. 3(12) (2019) 125802.
  • Y. Cho et al., Chem. Mater. 31(8) (2019) 2713-2722.

機能性酸化物ナノ粒子

機能性酸化物ナノ粒子

セリウム酸化物は、固体酸化物形燃料電池の電解質、触媒、紫外線の遮蔽材、シリコンデバイスの平坦化用研磨材等に幅広く応用されている機能性材料です。これら機能性を向上させるために、現在ナノ粒子化の研究が幅広く行われています。 これまでに、セリアナノ粒子の作製手法、電気伝導性、触媒としての特性などが報告されていますが、電気伝導性の評価において、粒界伝導などナノ粒子特有の現象を明らかにするためには、10 nm以下の粒径を保った状態で緻密体を得る手法が必要です。

本グループではセリアナノ粒子の電気的性質の超高圧下測定に着目しています。ギガパスカルの圧力下ではナノ粒子圧紛体は空隙をほとんど含まず、その電気伝導性をin-situ測定することでナノ粒子及び界面に起因する電気伝導現象を評価することが可能になると期待されます。 図1は、本グループで作製されたMn添加セリアナノ粒子の走査プローブ顕微鏡によるTOPO像です。数nmのサイズのセリアナノ粒子が凝集している様子が分かります。現在、これら試料の電気伝導性を高圧下で評価しています。

図1: Mn添加セリアナノ粒子のSPM像

図1: Mn添加セリアナノ粒子のSPM像

全固体電池のための固体電解質

全固体電池のための固体電解質

リチウムイオン二次電池は「エネルギー密度が高い」、「サイクル特性に優れる」などの利点から携帯電話やノートパソコン等の携帯電子機器の電源として広く普及しています。現在市販されているリチウムイオン二次電池の多くは正極にコバルト酸リチウム(Li1-xCoO2)、負極にグラファイト(LixC6)を使用しており、電圧は水の分解電圧(室温で約1.23V)を大きくこえてしまいます。そのため電解質には水溶液を使用することができず、一般的には有機溶媒に六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)などのリチウム塩を溶解させたものが用いられています。

リチウムイオン電池の模式図

現在のリチウムイオン電池は通常使用時において危険はありませんが、何らかの理由で内部短絡が生じてしまうと大きな発熱が生じます。とりわけ有機溶媒は可燃性なので、この発熱を引き金として発火する危険性があり、安全性の確保が困難であるという課題が指摘されています。現在、この安全性の課題を解決する方法として、固体電解質が注目されています。電解質に固体であるリチウムイオン伝導体を使用することで発火リスクを低減でき、安全性の向上が期待されます。(注:リチウムイオン伝導体とは固体中でリチウムイオンが動く物質を指します。)

リチウム・ボロハイドライドのイオン伝導度の温度依存性

私たちの研究グループはリチウム・ボロハイドライド(LiBH4)の115℃以上で生じる高温相がリチウム超イオン伝導性を示すことを発見しました。さらに、このリチウム・ボロハイドライドはリチウムイオンの輸率が1に近い(固体中でリチウムイオンだけが動く)ため優れたリチウムイオン二次電池用固体電解質としての応用が期待されます。私たちの研究室ではこのリチウム・ボロハイドライドの伝導度を更に上げるため、研究を行っています。

高圧合成法による新材料探索

高圧合成法による新材料探索

本研究グループでは、地球深部に相当する10万気圧程度の高圧力と1000℃以上の高温を同時に発生可能なマルチアンビル装置を用いて全固体電池のための新規な固体電解質や電極材料を探索し、それらの性能を評価しています。イオン伝導メカニズムや原子スケールの局所構造は第一原理論計算や核磁気共鳴分光法により解析しています。

超高圧発生装置

核磁気共鳴分光装置

最近の発表論文

  • A. Takano et al., Solid State Ionics 285 (2016) 47-50.
  • T. Mezaki et al., Inorg. Chem. 55(20) (2016) 10484-10489.

種々のアニオンを含むセラミックス

種々のアニオンを含むセラミックス

酸化物イオン、窒化物イオン、水素化物イオン、フッ化物イオンといった陰イオン(アニオン)を複数種に含んだセラミックスの機能性が近年注目されています。これらは、従来の単純な酸化物や窒化物といった化合物にはない特異な電子構造、配位構造や結晶構造により、革新的機能 (光触媒特性、強誘電性、超伝導性、蛍光特性、電気化学特性など) が発現します。本研究グループでは、イオンビームを照射しながら薄膜材料を合成するイオンビームアシストパルスレーザー堆積法などで酸水素化物や酸窒化物を合成し、その構造や性質を核磁気共鳴(NMR)などを利用して明らかにしています。

NMRによるH:BaTiO3の特異な水素占有状態の解明

イオンビームアシストパルスレーザー堆積法で作製した様々な組成の酸窒化チタン薄膜.

最近の発表論文

  • M. Yamaguchi et al., Appl. Surf. Sci. 534 (2020) 147616.
  • T. Misaki et al., Chem. Mater. 31(18) (2019) 7178-7185.

水素貯蔵材料の電子状態

水素貯蔵材料の電子状態

水素貯蔵材料は、その貯蔵密度の高さから燃料電池自動車の水素タンクへの応用が期待されています。種々の合金系の中で、Mg系水素化物は重量貯蔵密度に優れるため精力的な合金探索が行われていますが、現在のところ作動温度が高いという課題があります。そこで、本グループでは、新規に合成されたMg系水素化物や金属間化合物において、相安定性や金属—水素間結合の特徴を第一原理計算により評価しています。

通常の水素貯蔵合金は、水素の吸収・放出に伴い格子の膨張・収縮が起こります。しかし、数GPaの高圧下で合成されたMg-Y系水素化物は、水素の部分的放出に伴い体積膨張が起こります。X線構造解析と熱重量分析の結果からは、その水素の部分的放出は八面体位置にある水素の離脱に起因すると推察されました。そこで、本系に密度汎関数法の一つであるFPLAPW法を適用し、全電子エネルギーと最安定化構造の導出を試みました。図1はMgY2H9の電荷密度分布です。計算結果から、八面体位置の水素は金属—水素間結合を増強しているため、その部分的放出に伴い単位格子が膨張することが再現されました。 現在は、水素貯蔵材料の電子状態をNMR分光の観点から検証する研究を進めています。

図1: Mg-Y系水素化物の電荷密度分布

図1: Mg-Y系水素化物の電荷密度分布

次世代ディスプレイ用光学薄膜

次世代ディスプレイ用光学薄膜

タッチパネルはスマートフォンやパソコンなどに使用されていますが、IoTの進展に伴い、IHクッキングヒーターなどの家電や自動車のインパネなど、その応用範囲はますます広がっています。タッチパネルは、ディスプレイ・タッチセンサー・反射防止パネルの3つから構成されており、電子機器の最も外側にくる商品の「顔」なので、そのデザイン性が重要です。そのデザイン性は反射防止パネルにより決まりますが、通常の反射防止パネルは透明なので電源オフ状態ではディスプレイの内部が透けて見えてしまいます (図a)。この反射パネルに黒色コーティングを施すことで、内部の透けを防ぎ、電源オフ状態で高級感のある漆黒を得ることができます (図b)。

タッチパネルの模式図

この黒色材料は黒さだけでなく、指がタッチしている場所を静電気で特定するために電気を流さない性質が同時に求められます。しかし、一般に黒い材料は電気をよく流し、黒さと電気抵抗はトレードオフの性質となるためその実現は困難です。本研究グループでは、上記のような黒さと高い電気抵抗を同時に満たす材料の開発に取り組んでいます。物理蒸着法(パルスレーザー蒸着法、スパッタリング法)を用いて薄膜作製を行い、分光エリプソメトリや直流二端子法により吸収特性や電気特性の解析を行っています。

開発中の黒色絶縁膜

(左) パルスレーザー蒸着(PLD)装置  (右)PLDのプラズマの様子

参考情報